英彦山にある豊前坊高住神社で手に入れた、印象的な御札があります。
その名前は「牛玉宝印(ごおうほういん)」。
火難除けや盗難除け、厄除け、さらには誓約の証としても使われてきた、いわば“最強の護符”とも言われている存在です。
高住神社では「英彦山山伏が配り歩いた神符」として授与されており、「英彦山参詣の証」としても位置づけられています。
「玉」って、なんの玉?

牛玉宝印には、鷹や宝珠のような図像が描かれています。
ここでふと、気になったのがプリッとした形の「玉」。
この「玉(たま)」は、いったい何を意味しているのでしょうか。
高住神社の方に尋ねると「宝珠(ほうじゅ)」とのこと。
仏教で願いをかなえる宝の玉を意味するという解釈が一般的です。
でも、もう一歩踏み込んで考えてみたいのです。
玉といえば、豊玉姫?
「豊玉姫(とよたまひめ)」という神さまをご存じでしょうか。
海の向こうの神の国からやってきた女性で、山幸彦と出会い、子を授かるものの、正体を見られたことで海へと帰っていく――という神話が伝わっています。
名前の中には、「豊(とよ)」と「玉(たま)」。
この「玉」も、ただの装飾ではなく、重要な意味を持っているように感じます。
牛頭天王と豊玉姫が「対」になっているかもしれない
実は、牛玉宝印に込められた「牛」という字は、スサノオの別名・牛頭天王に由来すると言われています。
牛頭天王は、疫病を退ける荒ぶる神である一方、水を司る側面も持ち、祇園信仰や修験道とも関わりが深い存在。
そしてもし、牛玉宝印の「玉」が「豊玉姫」を指しているとしたら――
これは、荒ぶる男性神である牛頭天王と、やさしく包み込むような女性神・豊玉姫がセットになった護符とも読めるかもしれません。
水をめぐる、もうひとつの見方
英彦山やその周辺では、山と水が信仰と深く結びついています。
豊玉姫は海の神の娘であり、瀬織津姫と同一視されることもありますが、いずれにしても水を司る女性神です。
そして英彦山の修験道や山伏の文化は、「水」をめぐる厄除けや祈願と深く結びついています。
そう考えると、「牛頭天王と豊玉姫」の組み合わせは、水と火(あるいは病)という相反する力を調和させる、護符としての完成形なのかもしれません。
もちろん、確証はありません。でも――
ちろん、牛玉宝印の「玉」が豊玉姫を指している、というのは私自身の仮説です。
今のところ、はっきりとした史料や神社の説明に「この玉は豊玉姫を意味しています」と明言されているわけではありません。
けれど、図像や名前、地域信仰の文脈をたどっていくと、「そう読めなくもないな」と思うのです。