金毘羅様は海の神様なのか 文化財担当者の話から見えてきた「風と雲」という側面

国東半島 金毘羅様
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豊前市に移住して以来、この地域の歴史や文化の奥深さに触れる日々を送っています。

最近、豊後高田市の文化財室の方とお話しする機会がありました。

その中で、思いがけない回答が返ってきたのです。

目次

山の金毘羅宮と「海の神様」のイメージのズレ

私がその方に質問をしたのは、以前訪れた場所で見て不思議に思っていたことです。

国東半島 金毘羅様
馬城山 金毘羅宮の石祠

六郷満山最大の寺院と伝わる馬城山伝乗寺の跡地(現在の真木大堂)の山頂近くに、ひっそりと小さな金毘羅宮(の石祠が佇んでいました。

また、ここだけではなく、国東半島や中津市の山中に金毘羅宮をよく見かけていました。

関西生まれの自分にとって、金毘羅様といえば瀬戸内海、海の神さまという印象でした。

「山頂に海の神様が祀られているのはなぜか?」

国東半島 喜久山(菊山)
馬城山伝乗寺跡地 石祠の先にある巨大な岩山

さらに、馬城山伝乗寺の跡地の山頂から見える、存在感のある大きな山の名前がGoogleマップに載っていないことも気になっていました。(馬城山の西側)

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