日本各地の神社を訪ねていると、瀬織津姫(せおりつひめ)という神様の名前に出会うことがあります。
水や川、滝、祓(はらい)などと結びつけて語られることもあり、神社によって、その祀られ方や伝わり方はさまざまです。
一方で、瀬織津姫は「古事記」「日本書紀」には登場せず、「延喜式」の祝詞などに名前が見られます。
なぜ、この神様がさまざまな場所で祀られているのか。
どのような由来で、その名前が伝わってきたのか。
気になって調べていくうちに、瀬織津姫を祀るとされる神社をまとめてみることにしました。
自分自身の調査や、いつか訪ねてみたい場所を探すためのリストでもあります。
瀬織津姫が御祭神の神社リスト
六所神社(八瀬天満宮社 境内社)左京区八瀬秋元町
所在地:京都府京都市左京区八瀬秋元町639 八瀬天満宮社(境内社)
気になった点:
- 神社近くに「高野川」
- 神社の中に「後醍醐天皇御旧跡石碑」
- 「延元元年(1336年)正月,後醍醐天皇が足利尊氏の軍勢を避け、二万余騎の勢を従えて八瀬坂を通り比叡山に登ったと伝えられています」という情報(GoogleMapのクチコミで確認)
- 「産土神、菅原道真公の仏教の師、法性坊尊意阿闍梨が道真公の死後、天神さんを勧請されたと伝えられています」という情報(GoogleMapのクチコミで確認)
- 小さな社の屋根に左三つ巴紋(GoogleMapの画像で確認)
- 八瀬天満宮社の御祭神:菅原道真(京都観光Naviで確認)
- 「社殿の背面扉の内側には、十一面観音絵像が祀られている。十一面観音は道真の本地仏(仏としての姿)」(京都観光Naviで確認)←十一面観音が菅原道真の本地仏という情報は初めて見た。
井上社(御手洗社)(賀茂御祖神社(下鴨神社)境内社)左京区下鴨泉川町
所在地:京都府京都市左京区下鴨泉川町59 賀茂御祖神社(下鴨神社)(境内社)
HP:https://www.shimogamo-jinja.or.jp/
本の情報(参考書籍②):「井上社=御手洗社に瀬織津姫神を祀る。みたらし団子発祥の地。賀茂の社人にとって最重要な信じは、葵祭といった官祭ではなく「樹下神事」(下鴨神社宮司)。この「樹下神事」は「御手洗川の湧水のほとり御井のかたわら大槻のもとでおこなわれた」とされる。この「湧水のほとりの御井」の神をまつるのが井上社(通称 御手洗社)である(風琳堂HP「千時一夜」ブログ)。
気になった点:
- GoogleMapでは二か所「解除所」がある。看板の画像も異なっている。「解除」が「お祓い」の意味があることを初めて知った。個人的な感想だが、気になっているもののひとつ「印鑰神社」や「鑰取神社」の「鑰」とイメージが重なる。
- 境内の「媛小松」側に「解除所(げじょのところ)」。看板に「解除所 当神社は古代から天皇ご親斎のお社である。行幸、御幸、官祭にさいして解除(お祓い)をされるところ。常設の解除所が設けられたのは、ほかに類を見ない」と書かれているのをGoogleMapの画像で確認。
- 禮殿(祈祷殿)近くにも「解除所」。看板に「解除所(げじょしょ)平安時代 「古今和歌集」こひせしと御手洗川にせし御祓(みそぎ)神はうけつぞなりにけらしも 鎌倉時代「大納言為家集」藤原為家 禊せし御手洗川の清き瀬に今朝たちかはる秋の初風 南北朝時代「太平記」尊良親王(後醍醐天皇第二皇子)祈るとも神やはうけん影をのみ御手洗川の深き思ひを 室町時代「沙玉集」後崇高院貞成親王 御禊する麻の葉涼し今夜より秋や糺の森の下風 この湧水の池は、御手洗池、あるいは、みたらし川と呼ばれ、古代から今に至るまで五月十五日葵祭にさきがけ斎王代御祓儀をはじめ年中祭事の樹下神事(御祓)が斎行される場所です」と書かれているのをGooogleMapの画像で確認。
- 賀茂御祖神社(下鴨神社)の御祭神:賀茂建角身命(古代京都を開拓した賀茂氏の祖)・玉依媛命
大森賀茂神社 北区大森東町
所在地:京都府京都市北区大森東町1
HP:見当たらず
気になった点:
- 清滝川の上流に位置する。
- 神楽殿があるという情報(GoogleMapのクチコミ)
- 御祭神:賀茂皇大神 彌都波能賣神 瀬織津比咩神(GoogleMapのクチコミ)
- 賀茂大神は後に勧請して合祀されたという情報(GoogleMapのクチコミ)
岩戸落葉神社 北区小野岩戸
所在地:京都府京都市北区小野岩戸170
HP:見当たらず
気になった点:
- 御祭神:天女衣織女稚姫神、称都波能売神、瀨織津姫神の三柱を祀る。(GoogleMapの画像で確認)
- この神社がある小野郷は清滝川の上流に位置。平安京遷都においては主要な調木地の一つに選ばれ、寛仁の御世(平安時代中期)には賀茂別雷神社の神領となり、後に天領となった。(GoogleMapの画像で確認)
- 鳥居に右三つ巴紋(GoogleMapの画像で確認)
藤木社(賀茂別雷神社(上賀茂神社)(境内末社))北区上賀茂本山
所在地:京都府京都市北区上賀茂本山339 賀茂別雷神社(上賀茂神社)【境内末社】
HP:https://www.kamigamojinja.jp/
気になった点:
- 賀茂別雷神社(上賀茂神社)御祭神:賀茂別雷大神(公式ホームページで確認)
- 賀茂族の姫である玉依比売命(たまよりひめのみこと)が、鴨川(瀬見の小川)で身を清めていたところ、上流から一本の朱塗りの矢(丹塗矢)が流れてきた。姫がその矢を持ち帰り、床の辺に置いて休んだところ、不思議なことに懐妊し、生まれたのが賀茂別雷大神。(※この矢の正体は、火を司る『火雷神(ほのいかづちのかみ)』または『大山咋神(おおやまくいのかみ)』とも言われている。(公式ホームページで確認)
- 「『賀茂別雷大神』は、今から2600余年前すなわち神代の昔、神社の背後にある神山(こうやま)に降臨されたという。」「近年の調査で、神山周辺から縄文後期の土器が発掘され、この地に古代の人々が暮らしていたことが立証されている。」(ハッケン!ジャパンから引用)
- 賀茂別雷神社(上賀茂神社)の近くの「神宮寺跡」エリアに金毘羅様の社と稲荷神社がある。
- 上賀茂神社境内に藤木社が見当たらなかった(GoogleMap上)が、近くの「京都府京都市北区上賀茂藤ノ木町」に藤木社がある。GoogleMapのクチコミによると、「上賀茂神社の末社で、社家町を流れる明神川の守護神として崇め奉られています。」「樹齢500年余の楠」
梶田社(賀茂別雷神社(上賀茂神社)(境内末社))北区上賀茂本山
所在地:京都府京都市北区上賀茂本山339 賀茂別雷神社(上賀茂神社)【境内社】
HP:https://www.kamigamojinja.jp/
気になった点
- 社の看板に「瀬織津姫 下の病の神様」と書かれている。(GoogleMapの画像で確認)
- 梶田社の社は本殿から離れた場所「京都府京都市北区 池殿橋 Unnamed Road」にある。
祓戸社(大原野神社(境内社))西京区大原野南春日町
京都府京都市西京区大原野南春日町1152 大原野神社【境内社】
気になった点:
- 大原野神社の主な御祭神:建御賀豆智命・伊波比主命・天之子八根命・比賣大神
- 「延暦三年(七八四)長岡京遷都の際 都の守り神として 奈良春日大社の分霊を祀る」藤原氏の氏神である「春日大社」の分霊を勧請して創建されたと伝わる神社(公式HP)
- 別称「京春日」。(公式HP)
- 春日大社、吉田神社(京都市左京区)と並ぶ「藤原氏の氏神三社」のひとつ。
- 八万三千平方メートルの神域(公式HP)
- 幟に菊の花(GoogleMapの画像)
- 門の屋根の上に菊の花の彫刻(GoogleMapの画像)
- 境内摂社「若宮社」の門の屋根に左三つ巴紋(GoogleMapの画像)
- 境内摂社「若宮社」の御祭神は天之子八根命と比賣大神の子「天押雲根命」(GoogleMapの画像)
- 祓戸社の場所の近くには「八幡社・白髭社・藤森社」「八坂社」
水無月神社(日吉神社(境内社))宮津市岩ケ鼻
京都府宮津市岩ケ鼻宮山141 日吉神社【境内社】
本の情報(参考書籍②):「境内社の水無月神社に瀬織比女神を祀る。京都府郷土誌叢刊『丹後国竹野郡誌』(鴨川書店)には、『水湖浅茂川という、川尻浦島児の舊跡の岩にて文武天皇の朝より他に類なき禊の大赦祭典をなす』とある。敏達天皇元年(五七二)を起源とする古社。」
気になった点:
- 書籍に記載された住所でGoogleMapはヒットしなかった。ストリートビューで見ると、鳥居を発見。(GoogleMapで確認)海に近い。
水無月神社(高峯神社(境内社))宮津市里波見
所在地:京都府宮津市里波見87−8 高峯神社【境内社】
気になった点:
- 海に近い場所。
- 高峯神社の御祭神の情報が見当たらなかった。
- 社殿に竜の彫刻(GoogleMapの画像)
- 彫刻は丹波福知山の彫刻師である安野義一による作。(宮津市ホームページで確認)
- この神社があるエリアで興味深い記述「長江集落の高台に所在する曹洞宗寺院の宝泉寺(ほうせんじ)は、本尊である聖観音像(しょうかんのうぞう)のほか、八幡神が姿を変えた本地仏である阿弥陀如来像が安置されていたことが伝えられており、かつては八幡神社の奥の院であった可能性が指摘されています(『養老村誌』)。沿革については不明な点が多いものの、 集落の歴史を考える上では重要な寺院です。」(宮津市ホームページから引用)
水無月神社(板列稲荷神社(境内社))与謝郡与謝野町岩滝
京都府与謝郡与謝野町岩滝582 板列稲荷神社【境内社】
関連URL:https://www.hashidate-alook.com/profile.php?id=1399876128
気になった点:
- 「岩滝」という地名。「岩滝城跡」「岩滝北城跡」がある。
- 社に大黒様の像(GoogleMapの画像)
- 岩滝地区には「岩滝神楽」が伝わっている(与謝野町観光協会HP)
水無月神社 与謝郡与謝野町弓木
所在地:京都府与謝郡与謝野町弓木1542
気になった点:
- 書籍に掲載されていた住所を確認すると「水無月神社鳥居」がヒット。近くに「弓木稲荷神社」「弓木城跡」あり。
- 弓木城跡の看板に「城の立地は阿蘇海の海上ルートと加悦谷ルートと大内峠越えの北丹後ルートが交錯する戦略上の要所に当たります」(GoogleMapの画像)→京都なのに「阿蘇」
- 阿蘇海(あそかい/あそのうみ)は、京都府北部(旧・北丹後地域、現在の宮津市と与謝郡与謝野町)に位置する、天橋立によって日本海(宮津湾)から仕切られてできた内海(海跡湖・汽水湖)
- 「『阿蘇海の名の由来については、江戸時代の学者・貝原益軒が『遊びの海』が転じたものやと述べたと伝わっとります。さらに古く『丹後国風土記』の逸文には、イザナギとイザナミの国生み伝説と結びつけて『西の海を阿蘇の海と云ふ』と記されているそうどす。」(日本酒YUTAKから引用)
- 板列稲荷神社は春に神輿・岩滝神楽の神楽舞(天狗付)が奉納される神社(与謝野町観光協会HP)
間人水無月神社 京丹後市丹後町間人
所在地:京都府京丹後市丹後町間人1871
関連URL:https://youtampou.sakura.ne.jp/course/cn302/index.html
気になった点:
- 御祭神の情報:一、商売繁盛の神様(日本海・竹野川の水運を司ってきました) 二、安産の神様(女性の神様として信仰されています)三、家内安全学問の神様(応神天皇のころから学問の神様です)(GoogleMapの画像)
- 神社の近くに「行者が岩」、少し離れた場所に巨岩「立岩」がある。
- 「立岩は、京丹後市丹後町間人の竹野川河口の海中に位置します。今から1,500万年前に地下から噴出したマグマが冷えて固まってできた普通輝石安山岩の岩床と、トンボロと呼ばれる陸繋砂州からからなります。砂州と陸繋島の組み合わせは、丹後半島を代表する海岸地形の1つであり、黒い岩と白い砂州の対比による美しい景観は、優れた名勝地といえます。」(京丹後市ホームページから引用)
- 「合併前の福知山や大江山あたりを奥丹波と言う。その奥丹波から丹後そして舞鶴を含めてのかなり広い範囲に麻呂子親王鬼退治伝説が伝わっている。」(GoogleMapの画像)
名越神社 京丹後市網野町公庄
所在地:京都府京丹後市網野町公庄100
本の情報(参考書籍②):「瀬織津比女神を祀る。古き幡一流を祭る。託宣に『我を信心する者たちの疫(やまひ)の難を救ひ取ろう』とある。そこで直ちに建てたのが名越神社の由来(網野町誌編さん委員会編『網野町誌』下巻・網野町役場)」
気になった点:
- 「幡一流」の「流」は幡の数え方
- 社殿の屋根に右三つ巴紋(GoogleMapの画像で確認)
- 近くに「薬師地蔵」「群立神社」明治時代のお地蔵さま、石仏。明治18年にこの地で疫病が流行ったという情報。(GoogleMapのクチコミ)
水無月神社(日吉神社(境内社))京丹後市網野町浅茂川
京都府京丹後市網野町浅茂川1496 日吉神社【境内社】
HP:https://www.city.kyotango.lg.jp/top/soshiki/kyoikuiinkai/bunkazaihogo/3/1/1/3448.html
気になった点:
- 福田川・河口近く。
- 日吉神社の御祭神は大山咋命(おおやまくいのみこと)
- 社殿の屋根に右三つ巴紋(GoogleMapの画像で確認)近くに猿の石像がある
- 社殿の屋根に左三つ巴紋(GoogleMapの画像で確認)水無月神社の社殿?
- 境内社の水無月神社で盛大な祭が行われるという情報(GoogleMapの画像)」
- 吽形の狛犬と子犬の狛犬(GoogleMapの画像)
- 牛の像(GoogleMapの画像)
- 本殿に龍の彫刻(GoogleMapの画像)
- 「本殿の彫刻は江戸時代後期以降、丹波・丹後地域で活躍した彫物師 中井の第六代 権次正貞の作品」(GoogleMapの画像)
- 「江戸時代は山王大権現(さんのうだいごんげん)と称していたが、明治六年(1873年)に日吉神社と改められた」(京丹後市ホームページから引用)
金刀比羅神社(合祀)
所在地:京都府京丹後市網野町木津503(書籍では京都府京丹後市網野町木津次田)
気になった点:
- 社の屋根に右三つ巴紋の彫刻(GoogleMapの画像)
- 近くに八坂神社があり八坂神社の住所が「京都府京丹後市網野町木津八坂山」と地名に「八阪」その近くに稲荷神社。
川裾神社(神谷神社(境内社))
所在地:京都府京丹後市久美浜町1314 神谷神社【境内社】
HP:http://kamitanitachinomiya.com/
気になった点:
- 久美浜湾が近い
- 神谷神社の御祭神:丹波道主命、八千矛神、天神玉命、天種子命(GoogleMapの画像)
- 主祭神の丹波道主命は古代に山陰地方を平定した四道将軍の一人(久美浜一区ホームページ)
- 丹波道主命の妻は熊野の豪族の娘 丹波河上麻須郎女。娘5人全員後宮へ。第一子日葉酢媛(ひばすひめ)は第十一代垂仁天皇の皇后になったという。(神太刀宮ホームページ)
- 神谷神社の通称「神谷太刀宮」「太刀宮」
- 「『神谷神社』と『太刀宮』が合祀されためずらしい神社。」(久美浜一区ホームページから引用)
- 巨大な磐座あり
竹谷神社 京丹後市久美浜町新谷
所在地:京都府京丹後市久美浜町新谷387
気になった点:
- ネットでは情報がほとんど見当たりませんでした。
大川森神社 福知山市野花
所在地:京都府福知山市野花1046
気になった点:
- 「境内社 聖神社(息長足媛命)」の情報(GoogleMapのクチコミ)
- 神社近くに「薬師堂」「蛭子神社(下大内)」
水無月社(梅田神社(境内社)) 福知山市三和町菟原下
京都府福知山市三和町菟原下69−1 梅田神社【境内社】
気になる点:
- 土師川に面した神社
- 「御祭神 天児屋根命 彦布都押信命、境内社 八幡神社 日吉神社 太田神社 水無月神社 蛭子社」という情報(GoogleMapのクチコミ)
- 屋根の上部に菊の花のような彫刻(GoogleMapの画像)菊より蓮華紋よりに見える。
- 龍の彫刻(GoogleMapの画像)
- 神社近くに「兎原下観音堂」。屋根に菊の花と、向きは判別できないが三つ巴紋のような彫刻。(GoogleMapの画像)
祓戸社(篠村八幡宮(境内社)) 亀岡市篠町篠八幡裏
所在地:京都府亀岡市篠町篠八幡裏4 篠村八幡宮【境内社】
HP:http://web.kyoto-inet.or.jp/org/hikarimo/jinjya/jinjya-index.html
気になった点:
- 篠村八幡宮は「由緒書や棟札によれば、延久3年(1071)、後三条天皇の勅願により源頼義公が応神天皇陵を守護する誉田八幡宮(大阪府羽曳野市)から勧請して創建した」(公式HP)
- 「元弘3年(1333)4月29日、足利尊氏公が社前に必勝の願文(府文化財)を奉じて尊王討幕の旗揚げをしたことで知られる。」(公式HP)
- 篠村八幡宮内の「乾疫神社」は篠村八幡宮の原初の神社で、日本最古の疫神社の1つ。乾疫神社の御祭神は「建速須佐之男神(たけはやすさのおのかみ)、大己貴神(おおなむちのかみ:別名、大国主命)、少彦名神(すくなひこなのかみ)」(公式HP)
- 「小宮社:疫神社の横に4社があり、向かって右から左にかけて、①秋葉神社・愛宕神社、②住吉神社・春日神社・日吉神社、③皇大神宮・豊受大神、④天満宮が祀られています。明治初期に、近郷で祭祀していた神社を八幡宮にお遷ししたものです」(公式HP)
橋姫神社 宇治市宇治蓮華
所在地:京都府宇治市宇治蓮華47
関連URL:http://www.kyoto-jinjacho.or.jp/shrine/13.html
本の情報(参考書籍②):瀬織津比咩尊を祀る。孝徳天皇・大化二年(六四六)、南部元興寺の僧道登許を得て宇治橋を架す。宇治橋の鎮護として宇治川上流櫻谷に鎮座する瀬織津比咩神を宇治橋三の間に奉祀。橋姫の神と唱えた。一説には欽明天皇の時代という(「京都府神社誌」)。「さむしろに衣かなしきこよひもや我をまつらむうぢの橋姫」「橋姫は橋の守護神にして姫大明神といへり」(「神道大系」神社編四)。
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参考書籍について
参考書籍①
※書籍内の「瀬織津姫神全国祭祀社リスト」を参考にしていますが、このリストは「神社本庁・各神社庁の資料、および各市町村史(誌)等を参考に、原則として『瀬織津姫』と祭神表示してまつっている神社に限定して掲載」しているそうです。(=天照大神荒魂・八十禍津日神・祓戸大神等の異称表記は除く)
参考書籍②
瀬織津姫の異称神を祀る神社リスト
撞賢木厳之御魂天疎向津媛命、天照大神荒御魂、八十禍(枉)津日神、大禍津日神、大綾津日神、祓戸大神、多岐都比賣命・湍津姫神・高津姫神・滝津姫神など瀬織津姫の異称神を祀る神社。

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