豊前市の代表的なパワースポットといえば求菩堤山(くぼてさん)

no image 豊のくにあと
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北九州市から豊前市に移住するきっかけとなったのは、求菩提山(くぼてさん)です。

求菩提山は、大変古くから信仰の対象であり、かつて数多くの山伏たちが修行し、暮らしていた山です。

移住前、学校関係でずっと悩んでいた子供が、どこで知ったのか、「ここに登りたい」と言いました。

インドア派の我が家では、「登山」などしたことはありませんでした。

それでも、子どもの希望を叶えたいとネットで調べて、豊前市の史跡ガイドボランティアのグループが一緒に登って案内をしてくれるということを知りました。

史跡ガイドボランティアにお願いして、母子初の低山登山体験。

求菩提山に登ったことがきっかけで、私と子供にとって豊前市は「知っている町」になりました。

一度、その町の山に登ったことがあった。

それが豊前市を移住先に選んだ最後の決め手になりました。

移住後は、Web系の仕事をしていたことから、豊前市役所及び、市役所経由で情報発信の仕事が入るようになりました。

求菩提山によく登るという地域の方からも色々話が聞けました。

「特に中宮から先、鬼の石段からなんですけど、登れる人と登れない人がいます。急な天気の変化とかで。」

「自分があまりよくない気持ちを持っていた時、里と山の結界の石門のあたりで、バチっとはじかれたみたいに感じた時はありましたよ」

などと、不思議な話もよく聞きました。

豊前市に数ヶ月滞在していたベルリン自由大学の文化人類学の研究生、Cecilia Luzi(チェチリア・ルージ)さんも、構の石門という里と山の結界エリアで「ここから雰囲気が違います!分かります」と言っていたほどです。

求菩提山とはやはり何かあるのではないかと、個人的には思っています。

豊前市 国玉神社上宮 求菩提山の頂上
国玉神社上宮に続く鬼の石段
一番奥の女性がベルリン自由大学の研究生
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ぶぜんノートのアバター ぶぜんノート フォトライター

福岡県の東の端っこで、写真と文章を綴る人。
2021年に移住。フォトライターとして取材・インタビューを重ねる傍ら、自分のメディアを運営し、ZINEを制作・販売しています。
拠点は、古民家を借りて開いた小さな図書館。
Webも、リアルな場所も両方を媒体にして、このエリアのことを記録しています。

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