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出雲大社「潮汲み神事」の深層:須佐之男命と祓い清めの系譜、そして全国に広がる古代の繋がり

「豊のくにあと」の探求は、日本各地に点在する古の信仰の痕跡を追い続けています。

今回注目するのは、全国の八百万の神々が集う地、出雲。

その地域で行われる風習「潮汲み」に、須佐之男命(スサノオノミコト)、そして「消された神々」の系譜が関わっている可能性が見えてきました。

そして、この神事が全国に広がる背景には、古代の共通した信仰があったのかもしれません。

出雲大社「潮の井」に伝わる須佐之男命の伝承

出雲に古くから伝わる「潮汲み」の風習は、神迎祭に先立ち、稲佐の浜で海水を汲み、身を清める重要な神事です。この神事がいつから始まったのか、その起源は明らかではありませんでした。

 

体験した方の記事より「潮汲み」の風習とは「越峠荒神社から『神迎の道』を通って稲佐の浜に向かい、そこで禊の海水(潮)を汲み、因佐神社-下の宮-上の宮-大歳神社-都の稲成-出雲大社と順番に回り、笹に含ませた潮を振りかけ浄め、最後に自宅に持ち帰り、玄関・神棚・仏壇・各部屋そして家族に振りかけて浄める禊の風習である。」

 

実は、出雲の潮汲みを知る前に、大分県中津市や、豊後高田市でも「潮汲み」という神事が行われていることを知っていました。

特に豊後高田市での潮汲みは、山中での神事ということもあって「山の中の海」であると違和感を覚えていました。

その「潮汲み」をまた、行橋市の今井熊野神社の近く、神社と共に祓川沿いの場所で行われるという英彦山の最もの古い神事「潮汲み」が行われると知って、何か情報はないかと調べていました。

 

すると、出雲大社の近くの神社「須佐神社」に湧き出る「塩の井」に関する社記が見つかりました。

「しまねまちナビ」の記述によれば、この塩の井は微かに塩味を帯び、潮の干満で湧水量が変化すると共に、「須佐之男命自ら潮を汲みこの地を清められたという」と伝えられているのです。

また、この塩の井は、出雲大社近くの稲佐の浜まで繋がっていると伝えられています。

 

この社記は、出雲大社の潮汲み神事と須佐之男命が、古くから深く結びついていた可能性を強く示唆します。

記紀神話で荒ぶる神と描かれるスサノオが、自ら潮を汲んで「清めた」という伝承は、彼の持つ「祓い清めの力」の側面を鮮やかに浮かび上がらせます。

スサノオと薬師如来、そして祓い清めの系譜

前回の考察で、熊野磨崖仏の大日如来像が元々は薬師如来であった可能性が浮上しました。

そして、牛頭天王(スサノオと習合)の本地仏が薬師如来であるという情報とも結びつき、特定の信仰が意図的に「上書き」されていった過程が見えてきました。

 

もし、スサノオが薬師如来を本地仏とする、疫病退散と穢れを祓い清める神であったとすれば、出雲大社における潮汲み神事もまた、この「祓い清めの神・スサノオ」の信仰に由来する可能性が考えられます。

そして海水である「潮」ということは、これまで追ってきた牛頭天王(スサノオ)と対となる瀬織津姫(豊玉姫)の祓いともリンクします。

全国に広がる「潮汲み神事」:古代信仰の共通項か

出雲大社の事例に限らず、全国には海の水や砂を持ち帰り、神社や神輿、あるいは人々自身を祓い清める「潮汲み(汐井取り、お汐井取りなど)」の神事がいくつも存在します。

九州・瀬戸内海沿岸:

  • 福岡県福岡市:筥崎宮(放生会前の「お潮井取り」が特に有名)
  • 福岡県行橋市:宇原神社(祇園行事前の「御神輿汐汲み」)
  • 大分県中津市:中津祇園(祭礼前の「お汐井取り(汐かき)」神事)
  • 大分県豊後高田市:田染(たしぶ)の潮汲み神事
  • 福岡県と大分県にまたがる英彦山:英彦山で最も古い神事の一つとされる「英彦山御潮井採り」も、その神事の前日に行橋市内の祓川沿いで接待を受ける場所があるなど、海との繋がりを示唆します。

関西・東海地方:

  • 大阪府大阪市:住吉大社の「お潮井」(航海の神として海との関わりが深く、特定の祭事で海を意識した清めの儀式が行われる)
  • 三重県伊勢市:伊勢神宮(直接の潮汲みとは異なるが、式年遷宮の際に「お白石持行事」で海からの白石を清めのために持ち込む)

その他:

  • 関東地方にも同様の潮汲み神事を行う神社が存在するなど、その広がりは全国に及びます。

これらの神事に共通するのは、海や水の持つ「浄化」の力、そして「穢れを祓い、清浄をもたらす」という普遍的な信仰です。

これは、豊のくにあとで追ってきた「水神・龍神信仰」や「禊(みそぎ)」の概念と深く結びついています。

おわりに

出雲大社の潮汲み神事、そして「塩の井」に残る須佐之男命の伝承は、単なる地方の言い伝えに留まらない、日本の古代信仰の深層に触れる重要な手がかりかもしれません。

 

そして、全国各地に存在する潮汲み神事の背景には、須佐之男命(牛頭天王)の持つ祓い清めの力、そしてその背後に存在する徐福や豊玉姫に繋がる古層の信仰が、地域や時代を超えて広く共有されていた可能性が考えられます。

 

これらの神事が、男性神であるスサノオが「祓う行為」を主導し、女性神である瀬織津姫が「祓われた穢れを受け止め、浄化する」という、「一対の神」による祓い清めの共同作業という、古層の信仰の構図を示しているのかもしれません。

 

詳細な調査は必要ですが、今回の考察は、これまで追い続けている謎が、日本全国の社や地名、そして伝承の中に、まだ数多く隠されていることを強く示唆しています。
古代の信仰ネットワークが、日本列島全体に広がり、その痕跡を現代に残しているのかもしれません。

現代においても、生活のなかで、塩をふる、盛るなどして「清める」行為が当たり前のように行われていますが、そのルーツこそ「お潮井」が原型と言われているようです。

さらに深堀り

瀬織津姫と深く関係している?牛頭天王(スサノオ)と瀬織津姫の関係について考察しています。

 

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