【豊後高田市】六郷満山最大の寺院と呼ばれた馬城山伝乗寺跡地の西側の山は「喜久山(きくやま)」、かつては「菊山」

【豊後高田市】六郷満山最大の寺院と呼ばれた馬城山伝乗寺跡地の西側の山は「喜久山(きくやま)」、かつては「菊山」
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豊後高田市の真木大堂に行くと、本堂の裏側から階段の入口があります。

馬城山 伝乗寺 展望台

看板には「六郷満山最大の寺院 馬城山(まきさん)伝乗寺 大展望 古代山岳信仰山頂遥拝所 六所権現 金比羅宮」と書かれています。

六郷満山中、最も大きな寺だったと伝わる馬城山伝乗寺。

小さな鳥居
金比羅宮の鳥居

階段をのぼっていくと、「金毘羅宮」と刻まれた小さな鳥居があります。

【豊後高田市】六郷満山最大の寺院と呼ばれた馬城山伝乗寺跡地の西側の山は「喜久山(きくやま)」、かつては「菊山」

階段から20分程度歩くと山頂に着きます。

こちらが金毘羅宮です。

個性的でかわいい面立ちの狛犬さんが守る石祠が向かう方角には(西)

【豊後高田市】六郷満山最大の寺院と呼ばれた馬城山伝乗寺跡地の西側の山は「喜久山(きくやま)」、かつては「菊山」

驚くほど存在感がある山があります。

「喜久山(きくやま)」、かつては「菊山」
「喜久山(きくやま)」、かつては「菊山」

持っているなかで一番遠くが写せる望遠レンズで撮影しましたが、自然にできたものなのか、何か刻まれているのか。ちょっと分からないです。

GoogleMapにも載っていなかったこの山の名前は、こちらの記事で書きましたが、ZINEの内容確認にご協力いただいた、豊後高田市の文化財室所属のMさんから伺うことができました。

「喜久山」と書いて「きくやま」、かつては「菊山」と呼ばれていたそうです。

もしも私と同じくあの山の名前が気になっていた方がいらっしゃったら、お伝えできて幸いです。

名前が分かってスッキリ!と思いましたが、山の写真を久しぶりに見て、あの崖には何も刻まれていないか伺いたくなりました。

また機会があれば伺ってこちらでも紹介したいと思います。

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この記事を書いた人

2021年より豊前市を拠点に活動。
写真と文章で表現と記録の間のようなこと。北部九州を中心に、「山の中の『海』」「宇佐神宮と逆向きの三つ巴紋」など、気づかれにくい痕跡を辿っています。ローカルメディア「豊のくにあと」 と古民家図書館TSUDURIを運営。たまにセミナーやイベント。

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