日本の神社の社紋に隠された謎を追っていくうちに、意外な歴史の繋がりが見えてきました。
こちらの記事では、福岡県の神社で発見した「春日灯籠」が、遠く奈良の春日大社、そして藤原氏や「祓(はらい)」の信仰へと繋がることをご紹介しました。
今回は、その藤原氏と、私の探求の大きなきっかけとなった「右三つ巴紋」にまつわる、豊前(ぶぜん)の地で語り継がれる悲しい歴史を紐解いていきたいと思います。
右三つ巴紋と藤原氏系譜の宇都宮氏
私たちの探求において、特に注目してきたのが「右三つ巴紋」です。
八幡神社の多くが「左三つ巴紋」を用いる中で、なぜ一部の神社には異なる向きの「右三つ巴紋」が存在するのか。
最近、私たちは豊前の地にある、この「右三つ巴紋」が刻まれた石柱を見つけていました。
この神社は、鎌倉時代からこの地を治めてきた宇都宮氏(うつのみやし)ゆかりの神社だったのです。
そして、この宇都宮氏のルーツを辿ると、藤原氏に繋がります。
宇都宮氏は藤原北家道兼流の流れを汲む家系とされており、古代の日本の中心を担った藤原氏との結びつきは非常に深いものです。
宇都宮氏に伝わる「祓」の秘儀
藤原氏と右三つ巴紋。この二つが結びつく中で、さらに興味深い事実が浮かび上がってきました。宇都宮家に代々伝わる秘儀に「艾蓬の射(がいほうのい)」というものがあります。これは、邪気を祓い、戦勝を祈願する、まさに「祓(はらい)」の術法なのだそうです。
メイン記事でも触れたように、春日灯籠は「祓戸形(はらえどがた)」とも呼ばれており、「祓」は、日本の古代信仰において非常に重要な意味を持つ概念です。
藤原氏のルーツを持つ宇都宮氏が、この「祓」の術法を伝えてきたこと。
そして、その宇都宮氏ゆかりの神社に「右三つ巴紋」が見られること。
「祓」「春日」「藤原」。そして、「右三つ巴紋」。
これらのキーワードが、重なり合っていきます。
藤原氏の家紋「藤」と右三つ巴紋
さらに深読みすると、藤原氏の家紋は「藤(ふじ)」の花。
藤のツルは、一般的に右巻きに成長することが知られています。
これは「右三つ巴紋」の右回りという特徴とも符合し、単なる偶然ではないのかもしれない、という想像が膨らみます。
家紋や社紋は、その家系や神社の由来、信仰を象徴するものです。
藤原氏の繁栄と影響力を考えると、その系譜に連なる宇都宮氏が用いた「右三つ巴紋」にも、何らかの深い意味が込められていたと考えるのは自然なことでしょう。
悲劇の「鶴姫伝説」と「蛇神」への変化
この宇都宮氏の歴史を語る上で、避けて通れないのが、豊前の地で今も語り継がれる鶴姫(つるひめ)伝説です。
宇都宮鎮房(うつのみやしずふさ)の娘である鶴姫は、父が豊臣秀吉の九州平定の際に謀殺され、やがて自身も磔(はりつけ)にされて命を落としたという悲劇的な運命を辿ります。
その後、彼女の塚からは一匹の大蛇が現れたと伝えられています。
この大蛇は、当時の中条城主であった小笠原長円(おがさわらながのぶ)に憑依(ひょうい)し、父を謀殺した黒田長政(くろだながまさ)父子への「祟り(たたり)」を訴え、その存在が認められました。
そして、この大蛇は後に「宇賀大明神(うがだいみょうじん)」として祀られたという伝承が残ります。
鶴姫の塚より蛇が這い出てきたという。蛇の長さは五尺余り。つまり1.5mほどの長さだろう。かなり大きい蛇だ。さらに、謎の蛇はとんでもない特徴を持っていた。
蛇だが、亀のような足がある。
蛇だが、牙がある。
蛇だが、ウサギのような耳がある。
蛇だが、ナマズのようなひげがある。
そして、両眼に金の斑点のようなものがある。
(和樂web 美の国ニッポンをもっと知る!|侍女と共に磔にされた姫──宇都宮氏一族「もう1つの無念」を追い、福岡・宇賀貴船神社へから引用)
この大蛇が持つ「兎の耳」「ナマズのひげ」「金の斑点」といった異様な特徴は、どこか「龍神」や「月信仰」を連想させる意匠でもあります。
月、龍、ナマズ、白兎──宇佐族の記憶
鶴姫である大蛇が祀られる宇賀貴舩宮(うがきふねぐう)は、貴船神社系統の神社です。
私がこれまで調べてきた「右三つ巴紋」を持つ神社の中にも、貴船神社が存在しました。
貴船神社はその多くが龗神(おかみのかみ)という龍神を祀っていますし、蛇神と龍神は古来より近しい存在とされてきました。
「白ナマズ」については、月を祭祀し、シャーマンとして民から絶大な支持を得ていた宇佐の女王、豊玉姫(とよたまひめ)の使いであったともいわれます。
そして、宇佐の古い豪族であった「宇佐氏」は「菟狭族(うさぞく)」とも呼ばれ、「兎(月)」の信仰とも深い関わりからその名前になったという説もあります。
鶴姫伝説に登場するこれらの要素は、単なる地方の伝承に留まらず、この豊前の地に深く根ざした古代の信仰、特に月や水の神、龍神への信仰と結びついている可能性を示唆しているのです。
そして、それはまた、宇佐神宮の地主神であったとされる「比売大神」の謎や、瀬織津姫の存在とも繋がっていくように感じられます。
点と点が繋がり、見えてくる古代の記憶
藤原氏と右三つ巴紋、宇都宮氏の「祓」の秘儀、そして鶴姫伝説に象徴される蛇神・月信仰。
これら一つ一つの点が繋がり始めることで、私たちが見ようとしているのは、教科書には載らない、しかし確実に存在したであろう日本の古代の記憶です。
「知らないものは、見えないもの」。
しかし、今の目線で、もう一度巡ってきた場所を見直し、歴史の断片を繋ぎ合わせていくことで、かつては見えなかったものが、少しずつ、形を成して見えてくるのかもしれません。
まだまだ旅は続きます。
さらに深堀り
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